「感じた事のある気に誘われてみれば……娘、またおまえだとは思わなかったぞ」
独特の喋り方に聞き覚えがあるけど、誰だっけ……彩夏は記憶を手繰るように思いを巡らせた。
漸く思い当たるとポカンと開いた口を閉じて、眦をキュッと釣り上げた。
「――あ!?あなた、私を強姦した……えーと……変態幽霊ね!?」
「なんじゃその、変態幽霊とは?けったいな|趣味《センス》じゃなぁ」
彩夏は思った。
あんたには言われたくないし、他に呼べる名前がないじゃないと。
「だったら名乗りなさいよ」
「ふん、良かろう。俺の名は、天て……」
「あまて……?何で黙るのよ、早く教えなさいよ。笑ってあげるから」
「ふん……矢張り良い。|真名志《まなし》と呼ぶが良いわ」
「何なのよ……」
笑うと言ったから、真名志と名乗る仮定幽霊はヘソでも曲げたのだろうか。
しかし彩夏は、まぁいいやと思った。こっちだって腸が煮え返るくらい怒ってるのだ。
真吾の中からまた、こんな……これでは、もう疑う余地もない。似たようなシチュエーションで、同じような事を彼がした時に、また現れたとあっては……信じる意外ないではないか。
「まぁ良い、時が惜しいわ。おまえに言伝を頼みたい――」
彩夏の怒りに対して、真名志はどこ吹く風だ。
真吾に襲った非が無くても、この身体の持ち主が彼であっても、今現在動かしているのは真名志。これは正統な怒りの行動だから、きっと許してくれるわよね――彩夏は真名志の胸倉を掴むと、憤怒の形相でグラグラと揺すった。
「何が言伝よ!あの時の恨みは忘れてないんだから!」
「鬱陶しい女じゃなァ。おまえだって悦んどった癖に……」
「な――何ですって!?そんな訳ないでしょ、この変態!強姦魔!」
ギリギリと胸倉を締めつける彩夏の手を、真名志は軽くあしらい一喝した。
「ったく……煩いわ娘!時が惜しいと申したであろう!!」
腹に響くような怒号に彩夏はビクッと飛び跳ねると、悔しい事に思わず怒りも忘れてしまった。
まるで神経を愛撫するようなソフトな話し声の真吾と、猛々しい山のような真名志の傲慢な話し方では、あまりに違い過ぎる。
真吾が静なら、将に真名志は動――まるで対極だ。
彩夏の脳裏に、さっき真吾から聞いた陰陽対極が浮かぶ。
静と動というのも、確か陰と陽で別けられるもののはずだ。若しも二人を足して割ったら……割と、ちょうど良い性格になるんじゃないだろうか。
「真吾に伝えろ――第二の覚醒は失敗し、咎に入ったと。先ず以て|魂宮神社《たまみやじんじゃ》へ出向き、青竜の刻印と会え」
どうでも良い事考えちゃったな……彩夏は、不承不承ながらも頭の中で内容を反芻する。
埼玉県、魂宮神社……。
何で、こんな奴の言う事を素直に聞いてるのかしら。そうしてしまう生真面目な自分が嫌だが、伝言らしいから仕方ない。
「俺は咎の為に、真吾と交信が絶たれている。現ずるのも、おまえの気を手繰ってやっとじゃ……今は奴を導いてやる事もできんから、疾く青竜の刻印に必ず会うよう伝えよ」
思いながらも、頷いてしまう自分が情けない。
真名志は安堵したような表情を浮かべると、彩夏を見てニッと笑った。
その笑顔に彩夏は、嫌な予感にギクリとする。
「なかなか色気のある事を、しておったようだな。艶めかしい体勢ではないか」
股座に押し当てられた膨張に真名志はグッと、力を込めた。
いや、ちょっと待って!
彩夏は、真吾の身体を押し返そうと焦った。
「――ちょ、ちょっと、またその手には……!」
「承知しておるさ。時間が無いと申したであろ、残念だが何もせぬさ」
あっさりと意外にも引いた真名志に、彩夏は警戒を解こうとしない。
しかし真名志は本当に何もしてくる様子はなく、彩夏は拍子抜けしたようにポカンと真名志を見つめた。
「俺は交信できるようになるまで暫し眠る。娘、後は頼んだぞ――」
真名志はまたニッと笑うと、目を閉じてしまった。
◇
糸が切れたマリオネットのように、彩夏の身体にパタリと真吾の身体が倒れ込む。全体重が彩夏に重く、圧し掛かってきた。
「まったく……早く目を覚ましなさいよ。重たいじゃない……」
何度か身体を揺すってはみたが、真吾が起きる気配はまるで無かった。
それにしても、顔が近い。
男子の顔を、こんなに間近に見れるチャンスなど、そうは無い。彩夏は思わず、まじまじと見つめてしまった。
「男の子も意外と睫が長いのね。それにしても無邪気な寝顔だこと」
起きていないのを良い事に、真吾の頬をツンと指で押してみる。
さっき可愛い顔だと言ったら、怒られたのだ。
キツい顔立ちの彩夏からすれば、可愛い顔が嫌だとは何とも贅沢な悩みだ。コンプレックスだと言っていたけど、何か過去に嫌な事でもあったのだろうか。
クラスでの真吾は、いるのかいないのか下手したら気づかない程に大人しい男子だ。
独りでいる事も多く、積極的に人と関わろうとしない。冷めた雰囲気をどこか漂わせている、ゲーム少年――というイメージを、彩夏は真吾に懐いていた。
クラス委員長である彩夏は、クラスを纏める時の指針として、クラスメイトを大きく4つに別けている――傾注の不要な人物、傾注の可否が中間の人物、要注意の人物、無害な人物。
傾注が不要な人物と無害な人物の違いは、同じようでいて違う。
不要な人物というのは、クラスに溶け込んだ上で、問題を起す可能性が一切ない人物を指している。無害な人物も素行に関して心配は無いが、クラスで浮いてるなと感じる人物がここに位置づけられる。
真吾に対する彩夏の評価は、無害な人物だった。
クラスに全く友人がいないという訳でない真吾は、後回しにしたのだ。そんな矢先に、|あ《・》|の《・》|よ《・》|う《・》|な《・》|事《・》が起こった。真吾への認識を改めようと考えていたところで、また乗せられてしまうなんて。
己の失態を思い出し、彩夏は煩悶とする。
「何でまた、あんな事になるのかしら……もう!」
人畜無害そうな優しげな雰囲気に、油断したのかもしれない。
真吾は何と言うか……イメージと中身にギャップがあり過ぎて、思わず警戒を忘れてしまう。草食系男子かと思ったのに、詐欺られた気分だ。普段は大人しい真吾に、あんな強引な一面があるなんて……。
「ちょっと……何ドキドキしてんの私、バカじゃない!?」
母性欲を刺激されるような無邪気な寝顔に騙されてはいけない。無害そうに見えても、やっぱり男の子だ。
はじめて可愛いと言われたからって、単純にも程がある。
いくらはじめての相手だからと言って、強引に好きにした相手を意識するとは、どうかしてる。彩夏は、妙にドキドキしている自分に苛立ち、苦悩した。
だが彩夏が真吾に異性を意識するには、それで十分だった。
強引かと思えば優しかったり、ともすれば意地悪なのに正直。本当は思いやりに溢れた、不思議な人――協力する気になったのは、放って置けなかったから。
でも、今は少し違う。真吾が信じられる人だと、感じたからだった。
「人の上で無邪気に寝てくれるわね、まったく……」
少し開かれた唇を押してみると、ぷにゅっという感触が伝わってきた。
案外プルッとしてるんだな、男の子の唇も……。
「何をやってんのよ。本当にバカじゃない……」
息を感じられる距離に、心音が高まる。彩夏は唇を窄めると、思わず近づけていた。
鼓動が、だんだんと早くなっていく。
心では、何をバカな事をしてるんだろうと思う。こういうのを、寝込みを襲うというのではないのか。
だがそう思う一方で、何故か引きこまれている自分もいるのだ。
彼の息を意識すると、何かが高まるような不思議な気持ち。唇を重ねてみれば何かがわかるのだろうか……。
もう少しで重なりそうなその刹那――。
真吾の瞼がゆっくりと開いた。
「――ぇ……!?」
いきなり真吾の目が開いて、彩夏はギョッとした。
釣られたのか、真吾の顔もギョッとする。
互いに10秒ほど固まっただろうか、緊張が解けると真吾が口を開いた。
「あの……えっと、いったい何を……?」
「えっ?いえ……何って……な、何でもないわよ?」
「だって……顔、真っ赤だけど?」
彩夏は熱く火照る頬を、隠すように押えた。
その様子を見て真吾は、怪訝な顔で彩夏を見つめた。彩夏はその視線から逃げるように、ブイッと横を向いた。
寝込みを襲ったなんて、言える訳ないじゃない!
「何でもないから!何でそんな顔すんのよ、何もないわよ!」
「だって怪しいし……」
彩夏は焦った。
このままでは問い詰めらて、吐かされる。何とか彼の気を引かないと……。
「え~っと、滝川くん……で、伝言があるのよ」
「伝言?何それ、この状況で誰から?」
何とか彼の気を引けたようだ。
彩夏はホッと息を吐くと、真吾に言った。
「私を襲った、あの幽霊よ……」
◇
気を失っていた時分の、真名志とのやり取りを、彩夏から聞かされて驚いた。
あの時の存在に名前があった事も驚き要素だが、驚くべき点は他にもある――刻印が、他にも存在してるという事実だ。だけど同じ能力では無いのかも。同じ力なら、自分にしか無いと言う必要が無いからだ。
自分の持つ能力が、真吾は逃れ得ぬものなのではと思い知らされた気がしていた。何も聞かされてはいないが、しっかりと歴史に裏付けされた何かがある――そんな予感がするのだ。
「滝川くん、いい加減どいて欲しいんだけど」
そう言われて、未だ彩夏に被さったままだった事に気づいた。
「あ――ごめん……重たかったよね」
身を剥がすように起き上がると、ブスッとした顔がホッとする。
「ええ、凄く!滝川くんなかなか目を覚まさないから、とても重かったわ。冷えるし布団には、まあ……丁度良かったけど!」
「ひっでェ。気を失ってた僕に布団て……それはないんじゃない?」
「ぷっ……何なのその顔、子供みたいね」
口を尖らせて文句を言うと、不意に噴出す彩夏。
クールな面立ちが優しげに崩れて、目を細めて笑う彩夏の笑顔。釣られるように真吾も思わず微笑むと、彩夏の笑いが何故か哄笑してしまう――真吾も釣られて笑ってしまい、二人は顔を突き合わせて一頻り笑い合った。
笑いが収まった頃、真吾は不意に窓を見た。
カーテンから僅かに刺す斜陽は、ほんのりオレンジの色身を帯び始めていた。
「そろそろお開きにするか。先生の所に行く時間が無くなるしな」
「あ、もうこんな時間じゃない!」
机から降りる彩夏の細い括れを、真吾は腕を回して抱き止めた。ドキリとしたような表情で彩夏は、こちらの方を仰ぎ見た。
「な……何してるのよ、滝川くん。帰るんでしょ……?」
硬直したようなギクシャクした彩夏の態度は、何だか初心で可愛い。少しは警戒心を懐くようにはなったようだが、まだまだ甘い。
真吾は、彩夏の心を掻き乱すように耳元で囁いた。
「真名志の所為で中断したけど――エッチするつもりでいたのに残念だなって」
彩夏の顔が一瞬で赤く染まる。
てっきり怒るかと思ったのに、意外な反応だ。こんな顔を見ると、悪戯心が起こっちゃうな……真吾は、彩夏の耳珠に微かに唇をつけながら囁いた。
「またあんな真似をさせるようなら――次は本気で抱くよ、彩夏?」
彩夏は耳まで真っ赤にして、カチコチになってしまった。初心な恥じらいに身を固くする彩夏が可愛すぎて、マイジュニアの方も石化しそうだった。
「――なんてね」
と言うと、彩夏の怒りは烈火の如く火を噴いた。
「何のつもりよ!冗談だったのね!?」
「さてね?僕は嘘だとも言ってないけど……」
すっ呆けるような真吾に、彩夏は怒りを止めるが、一呼吸の後にハッとすると、気づいたように怒りを再開させた。
「もう!からかったの……ッ!?」
「わからいでかってね。それとも何か、期待した?」
クスッと笑うと、悔しそうに顔を真っ赤にする彩夏。
「バカ!もう知らない!」
と言い捨て、理沙の所へ行くのも忘れて、ドスドスと足を踏み鳴らしながら資料室を後にしてしまった。
可愛すぎ……真吾は、暫くクスクスと笑いが収まらなかった。笑いすぎて腹筋が、ほんのり痛い。
次は本当に抱けちゃうかも……真吾は、そこはかとない期待に胸を弾ませた。
「さて……僕も先生の所へ行くか」
真吾は資料室を出ると、理沙のいるであろう理科準備室へ向かった。
◇
小説家になろう・ノクターンノベルズでも連載中です◇
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2018/08/01 00:00 |
竜を継ぐ者~黄の刻印の章(世界はエッチと愛で救われる)
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