額を守るように、手で隠す美奈。
表情は暗幕のように遮断する前髪の所為で、読み取る事はできない。
しかし雰囲気が伝えてくれるのだ。彼女の悲しみと拒絶の心を。それが何を意図しているのか、その理由を真吾は既に知っていた。
「ごめん……さっき君を介抱してた時、見ちゃったんだ。でも……僕は気にしてない」
「私は気になるもん……」
幾度かの押し問答の後、美奈は激しく泣き出した。
美奈の綺麗な目を見ながら口づけたいだけなのに、傷なんて全く気にしてないのに……その言葉だけでは、美奈はわかってくれない。
必死に首を振る仕草があまりに悲痛で、彼女の拒絶は根深いものなのだと思い知らされる。俯く美奈の姿が痛々しく、真吾は二の句を継ぐのに躊躇した。
「わかって欲しいの。滝川くんだから、見られたくない。だって……」
結城さんは……そう言って、美奈は言葉を紡ぐのも苦しそうに押し黙った。
美奈は……結城愛と自分を比べて、自分を卑下しているのか……?
確かに愛は飛びきりの美少女だが、真吾は比べようなどと考えた事もなかった。二人の魅力は全く別物で、比べられない……美奈には愛に無い魅力があると、真吾は思っている。
でなければ、こんなに惹かれるものかよ……!
思いを伝えてくれなかった理由がその所為かと思うと、今までの葛藤や迷いが頭から抜けてしまうほど、真吾は悲憤に胸が熱くなった。
「美奈を魅力的だと言った言葉は偽りじゃない。本当にそう思ってる……」
心で大きくなっていく美奈の存在は、思いを寄せた愛よりも既に大きい。それを伝えてやる事は叶わないけど、せめて檻のような呪縛から美奈を開放してやりたいと思った。
「電車ではじめて君と目が合って、見惚れたよ……目が凄く綺麗だなって」
「でも、でも……こんな傷なんてあったら台無しだもの……」
「傷なんて気にならないって言った。僕は――美奈の綺麗な目が好きなんだ」
未だ顔を上げてはくれず、美奈の唇からは嗚咽が小さく漏らされた。
顔が熱を持ったように熱くなった。
まるで告白でもしてるようだ。本当はここまで言うつもりは無かったのに、熱くなると止まらなかった。後で思い出したら悶絶するかもしれないけど、でも本心だ……。
美奈の綺麗な目が、堪らなく好きだ。
それで美奈の心が開放されるなら、何度繰り返しても構わない。言葉を尽くすのは、美奈に心を開いて欲しいから……美奈に無理強いは、二度としない。
「僕は美奈の魅力が結城さんに劣ってるなんて、これっぽっちも思わない。美奈は魅力的だよ……」
今の言葉に反応するように、美奈の頭がピクリと動いた。
僕はこんなに直情的な人間だったろうか。
自分はもっと冷静な人間だと思っていたけど……多分それは誰とも関わらないからこそ、客観的に周囲を見れていただけなのかもしれない。
真吾はこれまで、どちらかと言うと冷めたように周りを見ていた。気の抜けたような温い炭酸のような毎日を、ただ何となく生きる――イージーゴーイングな考え方でも、平和に日々を過ごせれば良いと思ってた。
美奈に強く惹かれてから、何か違うものを感じはじめた気がする。キスしたいと感じた気持ちも、情熱的になってしまうのも……美奈だから。
「だ――だって……こんな傷があったら可愛くなんて……」
「美奈は綺麗で、凄く可愛いよ!」
語気を荒げた所為か、美奈の嗚咽がびっくりしたように止まった。
「女の子だから気にする気持ちはわかる。でも、その傷も含めて全てが君なんだから――僕が好きなら隠そうとしないで、ありのままでいてよ」
惹かれたのは、ありのままの彼女。
着飾ってる訳でもない、明るい笑顔を見た訳でもない――素のままの美奈だ。気づかれたらと心配できるほど、冷静ではいられなかった。
わかって欲しかった。
愛を気にする必要はない。自分の目に、美奈がどう映っているのかを……。
「美奈の目が堪らなく好きだ。キスするなら、美奈と見つめ合いたいんだ……これだけ言葉を尽くしても、僕の気持ちが理解できないか?」
詰まるような嗚咽の後、額を隠す美奈の手の力がフッと緩んだ。その刹那に真吾は、扉が開くような音を微かに聞いた気がした。
それはきっと、心の扉の開く音。
まだ額は隠されたままだったが、心は込み上げるような暖かい喜びに包まれた。美奈が自分の言葉を受け容れて、心を開いてくれた事が、何よりも嬉しかった。
額を隠している美奈の手を取ると、真吾はその手にそっと口づけた。
「美奈は――僕がはじめてキスしたいと感じた|女《ひと》なんだ。だから、自信を持ってよ。僕の前でだけは、隠す必要なんて無いから」
言葉の終わりに、美奈は感極まったような泣き声を零した。
前髪に触れる指先を、美奈は受け容れた。そのまま前髪を梳いて顔を露出させると――美奈は大粒の涙をポロポロ零し、愛らしい顔で子供のように泣いていた。
可愛いと囁く度に、肌にそっと口づける度に、感激したようにしゃくりあげる美奈。
レイプした時のような、痛々しく悲しい顔ではなかった。喜びを湛えた微笑むような泣き顔……この泣き顔なら、怖くない。
額の傷に口づけてから、涙の落ちる眦にそっと口づける。
小さな頭にそっと手を添えて慈しむように支えてやると、やっと嗚咽の止まった美奈は、はにかみの浮かんだ顔で真吾を見つめた。
大好きな黒曜の双眸を見つめ返していると、自然に頬が緩んでしまう。美奈も返すように、真吾に淡く儚い笑みを向けてくれた。
「美奈、僕のファーストキスを受け取って」
「え……?は……はじめて?」
「どうして意外な顔するんだよ。はじめてだよ……」
美奈は「そっか」と言って、嬉しそうに顔を崩す。
喜びに綻ぶ頬を愛でるように触れながら、ゆっくりと顔を近づけていく。だんだんと目が細められて、美奈はキスを強請るように目を閉じた。
応えられない事を知った上で、ファーストキスの相手に選んでくれた。レ●プという酷い手段で抱かれても、思いを砕かせる事も無く今も思い続けてくれる美奈。
今夜限りの泡沫の関係でも、幸せな時間を美奈にあげたい。
応えてやれない癖に、そう思うのは男の身勝手なのかもしれない。それでもはじめてのキスに美奈が喜んでくれるのなら、この上も無く嬉しかった。
美奈に一つでもいい、何か残してやりたかったから。
「言ったろ、自分からはじめてキスしたって……」
薄く――ほんの僅かに開かれた桜色の唇に、真吾は自分の唇を重ねた。
ぷにっとした美奈の唇は例えようも無いほど柔らかく、香る息が何だか甘い。これが女の子、これが美奈の感触なんだ……半勃ちになりかけていたペニスは瞬く間に膨張し、すぐにカチンコチンになってしまった。
美奈を抱きしめただけでも勃つし、キスでフル勃起するのも仕方のない事だと思うが、キスの爆発力は凄まじ過ぎる。
胸が熱い……。
ふわりと舞い上がってしまいそうなほど幸せなのに、締めつけられるように息苦しい。破裂しそうな切なさに、自分を見失いそうになった。
「――ふっ…………」
美奈のプルンとした唇を、まるで押しつけるように頬張ると、吐息のように熱い呼吸が美奈から漏れた。
火照るように頬を赤らめて、酔いしれるような顔でキスを受ける美奈。
その表情にドキドキと胸が高鳴ると、まるでシンクロしたかのようにピクピクとペニスが反応する。はじめてのキスと、キスに陶酔する彼女の表情で、ヤバいくらいに興奮が昂ぶっていく……無意識に、手が動いてしまった。
頬に添えられた手が彼女の肩から腰へと滑っていく。
美奈は指の撫でていく感触がぞくぞくするのか、可愛らしい反応を身体に伝えてくれる。腰に到達した手が彼女の腰を強引にグイッと引き寄せると、惹きあうように美奈の腰が身体に押しつけられた。
下腹部どうしが口づけのようにぴったりと重ねられ、下に逃げたペニスがゾルッとツルツルの丘を擦る。
「――っふ……んっ」
◇
小説家になろう・ノクターンノベルズでも連載中です◇
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2018/08/09 00:00 |
小説概要と目次
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