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竜を継ぐ者(19)委員長は責任感が強すぎる



 ホームルームが終わりを告げる。
 クラスメイトたちは、帰り支度や部活へ行く支度に取り掛かる。それを尻目にノートや教科書を鞄にしまっていると、真吾の席の前に誰か立った。
 顔を上げると、そこには彩夏が見下ろすように立っていた。
 何も言わない彩夏に業を煮やし、真吾は仕方なく自分から声を掛けた。

「委員長、何か用なの?」
「うん……。ちょっと聞きたい事が……」

 彩夏の表情に何か躊躇いを感じる。その|表情《かお》は……聞きたい事だという内容に関係しているのか?
 それにしても、意外とすんなり言葉が出てきた。
 あれから一日挟んでるし、どうかなと真吾は思っていた。彩夏に対しては、もう緊張もしなさそうだ。

「で、何が聞きたいの?」

 先を促しても、彩夏は取っ掛かりが掴めなさそうに戸惑っていた。

「先生に話があるから、僕としては早く終えて欲しいんだけど」
「わ……悪かったわねっ、手間取らせて!」
「誰もそこまで言ってないよ。まったくもう、意外と委員長、気が短いよね……」

 彩夏が声を荒げた所為で、横を通るクラスメイトが変な目で見ていく。
 止めて欲しい……目立たない男子という位置づけの自分と、クラスの委員長という組み合わせは、ただでさえ異色だ。目立ちたくないし、もっと穏便に話を終わらせて欲しい。
 真吾はグッと、声のトーンを下げた。

「あの生物に関する手掛かりのようなものを知ったから、先生に相談に行きたいんだよ」
「えっ、手掛かりなんてあるの!?」

 凄い食いつきようだ。
 理解の及ばない生体の手掛かりなんて、確かにどうやってと考えるのは至極当然だし、気持ちはわかるが声が大きい。
 クラスメイトの注目を集めそうになって、真吾は慌てて彩夏を嗜めた。彩夏は気まずそうに謝ったが、驚くような言葉を続けた。

「話が終わったら……私も一緒に、先生のとこに行くわ」

 一緒に行きたいという、彩夏の言葉が意外だった。しかも断定かよ。
 一般的な女子の思考としては、関わる事を普通は嫌がらないだろうか。
 どう考えても危険人物の自分に話し掛けるなど、真吾はそこからしても彩夏はおかしいと思っているのに……矢張り彩夏は、どこかズレてるなと真吾は思った。

「こんな意味不明な事に関わるつもり?」
「だって気になるもの!私だって無関係じゃないのよ?」
「そうかもしれないけど……」

 真吾は困り果てたように、項の辺りを掻いた。
 彩夏から見つかった訳だから関係なくは無いが、アレとまた関係を結びたいか……?
 真吾は既に無関係ではないから関わるのも仕方ないが、わざわざ煩わしい事に首を突っ込みたがる彩夏が、真吾は不思議でならなかった。

「でもさ……気になるだけなら、僕から話を聞くだけでも良くない?」
「見てるだけなんて嫌よ。あれは学校で起こった事だもの、私には把握しておく責任があるわ」

 事件は現場で起こってるんだ!
 頭の中に、思わずこんな台詞が浮かんでしまった。調子を取り戻した彩夏は、普段通りのキリッとした表情で熱弁を振るう。
 どうやら彩夏は、言い出したら聞かないタイプの人間のようだった。

 ◇

 この学園には人気が極端に少ない場所が、幾つか存在する。
 特別教室ばかりの塔には、資料室だけが並ぶ階がある。
 とはいえ、資料とは名ばかりの紙束が納められてる教室だ。施錠はされておらず、誰でも利用が可能なので、逢引に使われる事もあるとか無いとか――。
 人がいると話しづらいからと、彩夏にここに連れて来られた。二人きりで密閉空間で会話など、正直に言うと困るのだが……。

「で、委員長の用件は何?」

 理科室にあるような大机に、真吾は腰を掛けた。彩夏も習うように、斜交いに腰掛ける。
 真吾は胸中、穏やかではなかった。
 手が触れ合うほどに近いのに、あまりに警戒心の薄い彩夏。とどのつまり、男として意識されていないという事だろう。
 ちょっとショックだ……。

「私……あの生物について、家に帰ってからも考えたの」
「自分の中から出てきて怖いなぁって?」
「そうじゃないわよ!」

 からかうような口調に、彩夏がムッとする。
 彩夏には悪いが、軽口でも叩かないと真吾はやってられないのだ。

「女性だけに寄生するんじゃないなかって……若しも予想通りなら、クラスの女子が心配なのよ」

 真面目すぎる彩夏に、真吾は驚いてしまった。
 イベントが~と、スマートフォンを弄ってた頃、彩夏がそんな事を考えていたなんて。

「若しそうだとして、君が責任を感じる事は無いんじゃない?」
「そうだけど……さっきも言ったでしょ、把握しておく必要があるって。私は委員長よ?最初が私であった事も、意味深いと思うの」

 彩夏は……自分が最初の犠牲者だというアドバンテージを、生かそうとしてるのか。彼女には何の責任もないはずなのに、それでも彩夏は委員長としての責任を考えているのだ。
 クラスの女子に近づいてるかもしれない脅威から守ろうと、その為にあらゆる手段を尽くそうと懸命なのだ。
 逃げたいと一度でも考えた真吾にとって、彩夏の強さは不思議だった。
 立派だと思う。
 思うが……事は、真吾以外には収拾できないものだ。夢で知らされた事実を聞かせたら彼女は、どんな顔するのだろう。真剣な表情の彩夏に、対する真吾の気分は鉛のように重かった。

「責任感が強いのは結構だけど、後悔するかもよ……」

 その言葉が予想外だったのか、彩夏は首を傾げた。

「それは……滝川くん、どういう意味?」
「僕が女性を襲うのを、黙認する事になるけど……それでも良いのかって事さ」

 驚きに彩られた瞳が、大きく見開かれた。
 どうやら、全く想定していない言葉だったようだ。

「先生に話そうとした事にも関係してるけど、夢を見たんだ……」
「夢……?それと女性を襲う事と、何の関係があるって言うの?」
「それが、あるのさ……」

 詰問口調の彩夏に、真吾は少し苦悩した。
 彩夏が関わるつもりなら、全てを話してやるべきなのだろうか。話を聞いて思い止まるかどうかは彩夏次第だが、真吾はできれば思い止まらせたいと考えていた。
 興味本位で関わる理沙なら兎も角、彩夏は責任感だけで関わろうとしてる。
 こんな事に、女の子を関わらせるべきじゃない。

「あの生物の名前は、堕児。あれは……僕でなければ殺せない」
「滝川くんでないと殺せないって?わかるように説明してよ」

 薄暗い部屋の中、カーテンの隙間から漏れる日の光。夕方が近づく放課後の陽光は弱々しく、頼りない光の筋を床に落としていた。
 それをぼんやりと眺めながら、真吾は続けた。

「あの生物は……堕児は、僕の精液でないと死なない……」
「――は!?な……何それ、やっぱり意味わからない。それって……」
「わかるだろ?君は、最初の犠牲者なんだから……」

 彩夏の言葉を奪い、真吾は苦悩するように言い捨てた。
 その言葉に、強気だった彼女の表情が萎むように曇る――何を指した言葉であるか、察したようだった。

「僕の精液には、陰の気を祓う力があるんだってさ。陽の気が強いって事かな……それが堕児を、殺すんだ」
「何なの?その陰だとか陽の気って……だから、もっとわかるように説明しなさいよ」

 彩夏は苛立ったように、睨みつけた。

「本当に短気なんだから……僕も、説明し辛いんだよ。委員長は、陰陽思想って知ってる?」

 彩夏の方へ視線を向けると首を傾げていた。
 彼女は頭は良いが、こういう方面は疎いようだ。

「森羅万象、宇宙のあらゆる事物を様々な観点から、陰と陽の二つに分類しようっていう思想の事だよ。わかり易いところで、男と女とか太陽と月とか……対極にあるものを、二つの気に別ける考え方さ」
「へ~、滝川くんって意外に物知りね。陰陽ってアレじゃないの、木火……えーと何だっけ?」

 うろ覚えなのか、彩夏の語尾はだんだん怪しくなっていく。

「木火土金水――だよ。五行相克だね。戦国時代末期に五行思想と一体で扱われるようになってね、陰陽五行説になったんだ。僕が言う陰陽思想は、元の方さ……」

 原初は混沌の状態だった。
 混沌の中から光に満ちた明るい澄んだ気である陽の気が上昇して天となり、重く濁った暗黒の気である陰の気が下降して地となった。この二気の働きによって万物の事象を理解し、将来までも予測しようというのが陰陽思想である。
 相反しつつも、一方がなければもう一方も存在し得ない。
 森羅万象、宇宙のありとあらゆる物は、相反する陰と陽の二気によって消長盛衰し、陰と陽の二気が調和して初めて自然の秩序が保たれる。

「――っていうのが、元の陰陽思想。堕児は、混沌から生まれた……平たく言えば、魔物かな」

 言葉を切ると、彩夏は目を丸くしていた。

「おーい委員長、大丈夫……?」
「え……?ええ、平気よ。ちゃんと聞いてるわ」
「そう……?なら良いけど。委員長が自我を戻したのも、僕の陽の気の力の所為らしいよ」

 と言うと、彩夏は首を傾げて「どういう意味?」と尋ねた。

「僕の精液を、偶然とはいえ飲んだでしょ?あれのお陰で、君の体内の堕児の発する気が、少し浄化されたんだよ」

 ニヤッと笑うと、彩夏の顔が真っ赤に染まった。
 相変わらずの、初心で可愛い反応だ。あまりに良い反応を返してくれるので、変な気が擡げかけてしまった。
 そういう事に鈍感な彩夏は、真吾が邪な気持ちを懐いた事に、全く気がついた様子がなかった。

「君を抱いた時に見た、白い光――あれ……覚えてる?」
「覚えてるわ。私のお腹の辺りが発光したアレでしょ?」
「うん……あれ、僕が覚醒した証みたいなものらしいんだ。夢では、刻印覚醒の第一覚醒だと言われた。その能力は、どうやら僕にしか存在していないらしい……」

 彩夏は、疑問を感じているようだ。
 だがそれは多分――真吾にも、答える事ができないものだった。

「どうして僕にしか無いのか、委員長は疑問なんだろ?」

 彩夏は、おずおずと頷いた。

「僕にも、それはわからない。夢では……僕以外の男の精液は餌で、憑かれた女性を救えるのは僕だけだと、言われた……」

 男性の精液が堕児の餌なのだと聞かされた彩夏は、驚き、そして腑に落ちない顔をする。彩夏は、遠慮がちに言った。

「でも――夢、なんでしょう?さっき、そう言ったわよね」
「訝しそうに見んなよ。たかだか夢を簡単に信じるほど、そこまで僕もマヌケじゃない。確信があるんだよ……一つは委員長の精飲だけど、もう一つ……」

 次の句を迷うように、真吾は言葉を切った。
 表情から察したのか、彩夏は辛抱強く次の言葉を待ってくれた。

「妹だ……」
「妹……さん?」

 何の話なのか理解できない彩夏は、眉根を寄せて首を捻った。
 真吾は、何とも気まずそうな顔で遠くを見ている。彩夏は真吾の表情の理由がわからず、怪訝な顔をした。

「僕の能力にはね、堕児憑きの女性を知覚できる力もあるんだ」
「女性の中にいる堕児の存在が、わかるって意味?」

 彩夏の言葉に、真吾は躊躇うように頷いた。

「妹も……堕児に寄生されたんだよ。美里の下腹部に手を当てたら、黒い靄が立った――」
「え……まさか滝川くん――」

 凍りついたような彩夏の視線を、真吾は感じた。
 彩夏の方を見る事ができない。何ともきまりの悪い表情で、真吾は今も遠くを眺め続ける。
 これを聞けば、彩夏も流石に軽蔑するかな……真吾は苦々しい顔で、話すのを躊躇うように逡巡した。
 しかし軽蔑されても、彩夏が手を引く気になるのであれば、それはそれで構わないのではないかとも、真吾は思いなおした。

「想像通りだよ。助ける為とはいえ、僕は美里を――あいつの身体からは、堕児が死んで出てきた。それが確信の理由さ……」

 言葉を失った彩夏から伝わってきたのは、動揺だった。

「僕は最初、変な事に巻き込まれたと思ったんだ。意味不明なものに身体を乗っ取られても、変な悪霊にでも憑かれてたんだと、思い込む事がまだできた。でも……違ったんだよ」

 返答に詰まる彩夏に、真吾は説得するように続けた。

「夢の内容が現実で、ただの夢ではないと知った時に……僕は、この為に用意された人間なんだなと、思ったよ……」

 諦めたように語る真吾に、彩夏は苛立ったようにつっかかった。
 正義感だけで動ける、短気で諦めの悪いクラス委員長には、諦念的な態度が気に障ったようだった。

「どうして?それならまだ、選ばれたって思うのが先でしょ?何でそうなるのよ!?」
「選ばれたのなら、他にいないのは変だろ?」
「探してもいないのに、何でいないってわかるのよ!?」
「夢で言われたんだ!この能力は掛替えのない、稀有の力……らしいよ。だから僕にしか、この力は無いんだ。女性を襲う事の意味……それを聞いても委員長は、まだこの件に関わるつもりなの?」

 彩夏は、手元をじっと見つめたまま微動だにしない。
 その姿は答えに困るというより、迷っている感じだった。女性にとって気分の良い話ではなかったはずなのに、何故そこまで迷う理由があるのだろう。
 クラスの先々を考えての事なのか?
 クラスの危険人物を放っておけないからか?
 そのどちらにせよ、関わるかどうかを悩むなんて、彩夏はバカだと思う。
 考え込んでいた彩夏はやがて、顔を上げた。その顔は何か、大きな決意を懐いたように真剣だった。

「関わるわ……だって、やっぱり放っておけないもの」
「放っておけないって……何を安請け合いしてるか、わかってるのか!?」
「わかってるわよ!」

 真吾は、激情も露に彩夏に詰め寄った。
 いつも大人しい真吾が彩夏の肩を掴み、珍しく大きな声を上げる。その様子があまりに意外だったのか、彩夏はだいぶ驚いたようだ。
 苦渋に満ちた眼差しで、真吾は彩夏を見つめた。

「いーや、わかってないだろ!?幾ら人を救う為だからったって、所詮はレイプなんだぜ?」

 彩夏の顔が強張り、絶句する。
 どうして彩夏が、そこまで付き合おうとしてくれてるのか理解できない。
 単に、引くに引けない状況に強がっているのだろうか。彩夏は素直になれないところがあるし、でなければ拘る理由がわからない。

「女性を襲うような事に、女の君を加担させたく無いんだ、僕も……」
「心配に思ってくれるのは嬉しいけど、だったら猶更よ」
「何が猶更なんだよ……」

 真吾は彩夏の肩を掴んだまま、困ったように呟いた。
 何を言っても、彩夏に引く気配が無い。どうしたら諦めてくれるのか、口下手な真吾は困惑した。
 困り果てる真吾を他所に、彩夏は更に混乱するような言葉を続ける。

「私がなるって言ってんのよ……」
「……は?何になるっていうんだよ」

 彩夏の言葉の意味がわからずに、真吾は僅かに苛立った。
 次の彩夏の返答は、まさに予想の遥か彼方を行っていた。

小説家になろう・ノクターンノベルズでも連載中です◇










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2018/07/30 00:00 | 竜を継ぐ者~黄の刻印の章(世界はエッチと愛で救われる)COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

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