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竜を継ぐ者(18)和解



「目が覚めた?」

 沈黙が過ぎり、気重な空気が二人の隙間に流れる。
 美里は気まずそうに顔を伏せたままで尋ねた。

「お兄……あたし、どうしてたの?」
「少しだけ気を失ってた……」

 自分の方を向いて欲しく無さそうに目を逸らす美里。
 だいぶ手荒な真似をしたからな、そんな顔されても仕方ない……真吾も目を合わせ辛そうに、どこか遠くを見ていた。
 真吾はサイドテーブルに避難させて置いた堕児を手に取ると、美里の目の前にぶら下げて見せた。

「これが堕児だよ」

 視界のすぐ前で兄の精液と美里の愛液を纏い、僅かにぶらぶらと揺れる臓器を思わせる色調の奇怪な生物。
 本当に自分の身体にいたんだ――驚愕に揺れる美里の瞳は、そう言っているようだった。

「だいぶショックな顔してるね。僕もこれを放って置くとどうなるのかまでは知らない。これは幼生らしいから、成体になるって事だとは思う。美里の身体の堕児は死んだから脅威は去ったよ……」

 堕児の死体をまたサイドテーブルに置くと、真吾は美里の細い肩をそっと抱きしめた。
 美里は何とも言えない複雑な表情で、俯いていた。
 ここまでやり込めてから後悔するのもどうかとは思う。
 美里を助けたいが為に手を掛けたとはいえ、本来は必要の無い束縛を強いたり|膣《なか》出ししたり……少しやり過ぎたという思いはあった。
 正直に懺悔するなら、半分以上は性欲だ。

「だいぶ乱暴な事して……ごめんな」

 そう言うと、美里は頬をプクッと膨らませた。押したら空気がブーッと出そうな膨れっ面……美里は戸惑いと怒りで、困ったように口を尖らせていた。

「怒ってる……かな」
「……当然じゃない……」

 不貞腐れた横顔に悲しみが差す――妹の表情に、止めていた心に痛みが蘇った。
 痛みを感じないように思考できないように心を止めた。理性を留めていては抱けなかったと言っても、美里は理解できないかもしれない。
 美里の咎める表情に、時が再び溶け出したような気がした。

「ごめん……言い訳っぽいけど、助けたくて抱く事を決心した気持ちは本当だよ。さっきも言った通り、堕児は僕の精液でしか死なないんだ……」
「それは理解したけどさ……お兄はこんな事して、あたしとの仲が壊れるって思わなかったの?」

 遣る瀬無い悲しげな表情の美里に、真吾の心が締めつけられる。
 そんな事を、思わない訳はないのに……。
 釣られてしまい、苦しみに彩られた笑みが真吾の唇を歪ませた。

「僕がそれを思わないなんて、どうして思うの?悩んだよ……僕も、美里が大切なんだ。大切だからこそ――犯す方を選ぶ以外になかったんだよ。やり過ぎたのは認めるけど」
「若しも――あたしに嫌われたとしても……?」

 身を切るような美里の言葉に、真吾は苦しげに瞼を閉じた。
 苦悩と懺悔に、閉じた真吾の瞼が微かにブルブルと震える。
 仕方ないなどと本心では到底、思えそうにない……。

「そうだな。それでも美里が助かるなら――」

 そこまで言うと、美里が身体ごと振り向いた。
 泣きそうなのをグッと堪えるような美里の表情。美里は正面から飛び込んでくると、甘えるように頬を寄せた。
 裸の胸に感じる、妹の柔らかい頬の感触。
 真吾は美里をそっと抱きしめると、頭をふわりと撫でた。

「ごめんなさい……お兄を苦しめるような事、言っちゃった……」

 思いつめた眉は、申し訳がなさそうに八の字を描く。
 心優しい妹は、兄を苦しめた言葉に後悔しているようだった。
 美里は本当に優しい子だ。美里に殺されたとしても、文句が言えないのは襲った僕の方だと言うのに、まず自分を責めるんだな美里は。
 美里の暖かい優しさに、心が咎め真吾は懊悩する。
 大義名分があるとはいえ、半分以上は情欲に突き動かされていた。今更それは、自分の心の中でも誤魔化しはきかない。

「おまえが謝る事はないよ。僕の方こそ、ごめんな」

 謝ると美里は、少し複雑な顔をして首を横に振った。
 美里の中でも、素直になるにはまだ、咀嚼しきれていないようだった。
 自分自身の中でだって確かに、納得しきれていないのだから……当然なのだろう。夢が事実だという事は、堕児憑きが目の前に現れたら襲わなくてはいけない。
 正義感で襲えるほど、この運命を納得できてないし受容しきれてない。エッチしたいでも何でも、自分を無理矢理にでも納得させなければ、襲うのは難しい。
 それを完全に納得するには、真吾自身も心が追いついていなかった。
 だが、その迷いを表には出せない。
 ただでさえ非道な手段で抱くのだ。表向きだけでも、不安な顔は見せないようにしないと、相手が不安になる。そうでなくとも地味系オタク男子がはじめての相手になるのだから、申し訳なさ過ぎる……真吾の考えは、そんな感じだった。
 運命とやらも、もっとイケメンを選べばいいのに。

「ねえ、お兄……お兄のその力は何なの?何でそんなものあるの?」

 小首を傾げて、美里がこちらを見上げる。
 そんなの、こっちが知りたいよ……とは、答えられないなと真吾は思った。

「僕も、何故なのか良く知らない。僕の精液にそういう力があると、知ったばかりでさ……美里が納得いく答えを、出せそうにないな……」

 少し悩みながら、真吾は答えた。
 美里はその答えに「ふーん……」と、思案顔で返答する。そして心に掛けるように、美里が覗き込むようにして尋ねた。

「若しも詳しく知る事ができて……あたしも知りたいって言ったら、お兄は教えてくれる?」

 その表情の半分は好奇心だろうなと、真吾は思った。けど、それだけじゃない……心配もしてくれてるのは、15年の付き合いでわかる。
 心配の理由が何に対してなのかまではわからないが、心配してくれている事が嬉しかった。
 真吾は、頷くと微笑んだ。
 良いよと答えると、美里が「やった!」跳ねるようにして飛びついてくる。

「わ……おわっ!」

 バタリと、二人でもつれ込むようにしてベッドに倒れた。スプリングが衝撃を受け止めるように、ボヨボヨと揺れる。
 互いの裸の胸と下肢がぴたりと合わさり、感触が生々しく伝わってくる……マズいと、真吾は思った。
 
「は……離れて」
「何で?」

 きょとんとした顔で、美里は小首を傾げた。
 何でじゃないだろ。
 美里もまた彩夏のように、男心というものをさっぱり理解していないようだ。女の身体であれば、男という生き物は反応してしまう、どうにもならない生物だ。
 真吾は深く溜息をついた。
 何でわからないんだよ、理解しろよ。そんな心境だった。

「いや、だから……また勃っちゃうから……」

 頬に熱さをじわじわと感じる。
 テレる兄の顔を|瞬《まじろ》ぎもせず見ていた美里は、飛びのくようにパッと離れて今更のように顔を真っ赤に染めた。

「お兄のケダモノッ!」

 そしてまた今更のように、裸の乳房をギュッと抱え込むようにして隠す美里。恥らいに頬染める可愛い妹に、真吾は思わず微笑を浮かべた。

「仕方ないだろ、は……裸なんだから。それよりも、もう遅いから……取り合えず、今夜は僕の部屋で寝なよ」

 テレを隠すように、真吾は一気に捲くし立てた。
 美里はまた、何でというような表情でこちらを見ている。
 小水や精液で汚れた褥を指差すと、美里も恥ずかしそうに頷いた。

「お兄は……どうするの?一緒に寝るの?」
「いや、僕はリビングのソファーで寝るから……気にしないで良いよ」

 適当な袋を美里に貰い、堕児を袋に詰めていると、美里はその様子を見ながらあっけらかんと言った。

「別に一緒でもいいのに。風邪引くよ?」
「は……?何を言ってるんだ、おまえは……」

 思わず呆れてしまった。
 心遣いに美里の優しさが垣間見える一言だが、今まで何をされていたのか――それをわからない歳でもないだろうに。
 その気持ちに甘える事はできない男の事情ができてしまった。朝には性欲だってまた戻っているだろうし、寝乱れた美里を見ても冷静でいられるのか自信が持てない。
 真吾は意地悪な笑みを浮かべながら、

「おまえの身体に欲情できる男を添い寝に誘うなんて、危険な事を言うね。また襲うよ?」

 と言うと、美里は顔を真っ赤にしてブンブンと横に首を振った。
 まったく……美里も彩夏と一緒で危機感というものがないなと、真吾は更に呆れた。男としては誘惑しやすい楽な相手という事になるが、妹として考えると心配だ。
 美里の頭をクシャッとさせながら、真吾は苦笑した。

「あんまり心配にさせんな。じゃ、おやすみ」

 と一声残して、真吾は美里の部屋を後にした。

小説家になろう・ノクターンノベルズでも連載中です◇










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2018/07/28 00:00 | 竜を継ぐ者~黄の刻印の章(世界はエッチと愛で救われる)COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

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