上履きに履き替える為に通りかかった玄関先で、一冊のスケッチブックが真吾の足元に落ちた。すぐにそれに気づいて拾う――パステルホワイトの表紙に小さく〝大崎美奈《おおさきみな》〟という名前。
クラスメイトの女の子に、確かそんな子がいたはずだ。
周囲にあまり興味を持たない真吾は、クラスメイトの細かい風体までは記憶はしていない。ただ名前と特徴を簡単に覚えている程度だ。
美奈についても休み時間になるとスケッチブックに鉛筆を走らせている、物静かで暗そうな子だったようなという、曖昧な記憶しか持ち合わせていなかった。
真吾が顔を上げると、そこには本人の大崎美奈が俯き加減で立っていた。
細く華奢な体躯に、艶めいた黒髪を腰の辺りまで伸ばした小さな子。千佳も小柄だが、美奈はもっと小さい。顔が真吾の胸の辺りにきそうな程に小柄だ。
尤も胸元は、千佳よりも発育はそこはかとなく進んでるように見えるなと真吾は思った。思わず目が先に胸元を捕らえたのは、思春期男子の性というやつだ。
美奈の風体で真吾は「ああ」と納得した。目の下まで伸ばされた前髪の所為で、暗いイメージを懐いていたのかと。
それにしても表情がさっぱり見えない。口元も手が軽く添えられてしまっているので、表情すら捉えられないが、美奈が恥ずかしそうにしているのは赤らめた頬で辛うじて理解できる。
真吾はその様子から、自分よりも更に輪を掛けて内向的そうなものを感じた。スケッチブックを拾い上げてから既に、1分近くが経とうとしているのに美奈から話し掛けてきそうな雰囲気がまるでない。
彼女の挙動を待っていたら、授業が始まりそうだ。
「あの……落としたよね、大崎さん」
スケッチブックを美奈に差し出しながら、真吾は声を掛けた。
心ならずも頬が熱くなってきてしまう。
彩夏個人には慣れたけど、矢張り女性に慣れた訳じゃないんだなと真吾は実感させられた。こうなるから女の子に話し掛けるのは苦手なのだ。
美奈はスケッチブックをおずおずと受け取りながら、蚊の鳴くような細い声で答えた。
「あ……ありがと……う」
「どういたしまして」
更に真っ赤になる美奈に、真吾は気合で赤面を止めながら軽く微笑んだ。
何とも儚げな感じの女の子だ。姿は少し変わっているが、頼りなくて可愛い雰囲気の子だなと真吾は思った。
お見合い状態の解けてない真吾に、千佳の横槍が入る。
「真ちゃんいつまでボサッと突っ立ってんのさ!早く履き替えなよ」
声の方へ顔を向けると、どこかイラついた雰囲気の千佳が立っていた。
さっきまで機嫌は悪く無かったはずなのに、知らないうちに機嫌が悪くなっているのは、この年頃の女子には良くある事なようだ。
千佳も例外では無いのかと思うと、真吾は気鬱な気分になった。
「ボサッととは何だよ。別に待ってなくても――先に行けば良いだろ」
「置いてったって後で怒られたくないもんねー」
そう言って千佳は「べー」と舌を出した。
別に怒らねーよ……幼稚な膨れっ面の千佳に嘆息しつつ、真吾は靴を脱ぎ始める――不図、横を見ると未だ動けずにいる美奈に気がついた。
立ち尽くすような姿の美奈が、真吾は困っているように見えた。会話途中で横槍が入ると、立ち去って良いのか迷う事がある。美奈の困惑した雰囲気は、まさにそんな感じ。
特に会話をしていた訳でも無いので、自由に立ち去ってくれて構わなかったのだが……美奈は、そういった事がとても苦手な子なのだろう。
ここは自分が気を利かせてやるべきなのだろうなと、真吾は思った。
「じゃーね、大崎さん。同じクラスなのに朝にじゃあも変だけど」
急に自分の方へ向いた真吾の笑顔に、美奈は焦ったように真っ赤になった。
急いでコクコクと首を振る美奈に、漫画やアニメだったら、彼女の頭の上に飛び散る汗かなんかが描かれてそうだなと思って、真吾は少しおかしくなった。
本当に自分以上に内気で恥ずかしがり屋さんだ。真吾は彼女と自分が喋ったら会話にならなそうだなと思った。
彼女との接点なんて、お互いに〝絵を描くのが好き〟程度で他に何もない。美奈は美術部だが、真吾は帰宅部。クラスでも席は遠いし、同じクラスになってから会話をした事も一度もない。
ここまで接点がない相手と接する機会などそうはないから、気にする事もないよな――と考えていると、今度は千佳に首根っこを摘まれた。
振り向くと機嫌が更に悪化している千佳の顔があった。
「いつまでボクを待たせるつもりなんだよッ」
「先に行けばって言っただろー?何なんだよ今朝はやけに突っかかるな」
「真ちゃんこそ朝っぱらから鼻の下伸ばして、やらしーんだよッ」
「は!?スケッチブック拾ってあげただけだぞ、意味わかんねぇ……」
千佳との言い合いを美奈に見送られながら、2年の教室のあるA塔の3階へ口論(?)を続けながら真吾は向かった。
朝から何だか疲れたな……と、真吾は心で溜息をつく。
別々のクラスである千佳と別れると、真吾は2年B組の教室に入って行った。
◇
珍しく座席に着くなり早々に香椎宏文《かしいひろふみ》が声を掛けてきた。
宏文はゲームを通じて仲良くなった、所謂ゲームフレからのリアルフレンドというやつである。2年のクラス替えで、同じゲームをしているという事柄からゲームフレンド付き合いが始まった宏文との関係だが、今では普通にクラスの友人として付き合いがそれなりに深まっている。
宏文は真吾のようなゲーマーでもオタクでもないが、そういった趣味の人間に偏見で分け隔てしない。
明るくひょうきんで人懐こいので、誰とも仲良くなるタイプの宏文は、人目を強く引くタイプではないが、茶髪に染めていてもチャラく見えない爽やかな雰囲気の持ち主だ。
雰囲気が良いので、人知れず思っている女子がいても不思議に感じない。
そんな宏文だから、真吾もすぐに打ち解ける事ができた。
宏文がいなければ、真吾はクラスで浮いた存在になっていた可能性は否定できない。実際に宏文以外の男子とは、未だ上手く付き合えないでいる。
それに慣れた頃には、クラス替えがまたやってくるのだろう。一人の時間が多かった真吾には、交流にそこまで必死になれない冷めた部分も持っていた。
真吾にとっては何年も繰り返されているルーチンワーク、既に慣れた。
一人を寂しいと感じたのはもう随分と昔だ。慣れてしまえば大した問題にも感じなくなっていたし、それはそれで構わないとも真吾は思う。
「真吾おはよ~、イベントどこまで進んでる?」
宏文は昨日配信されたばかりのイベントの話題を真吾に振ってきた。
昨日の今日ではそんなに進むはずもない――それ以上に昨日は慌しすぎて、スマートフォンを弄る暇が殆どなかった。
いつもの真吾であったら有るまじき事柄だが、今回のイベントは100位以内どころか1000位圏内も怪しいかもと感じていた。
「昨日忙しくて――まだあまり進んでないんだ」
「え~、いつもランカーじゃん?」
「忙しい時なんてランキング入りは無理だよ。テストの時とかね?」
なんていう何気ない話題で、朝の空き時間は過ぎていく。
隣の席の結城愛が何か取りに着たのか、友人たちからいったん離れて席に戻ってくる。それに気が付いた宏文は、愛に声を掛けていた。
人に物怖じしない彼を、真吾は心底羨ましいなと思う。
「おはよ~結城さん」
「はよー、香椎くん――と、滝川くん」
一緒にいる為に気を使ってくれたのか、愛は真吾にも挨拶をくれた。
流石に名前を出されたので返さない訳にもいかない。
「――お……おはよう」
真吾は挨拶を返しながら、恥ずかしさで一杯になっていた。普段でも愛に対してまともに接する事はできない真吾だが、今日は輪を掛けて接しづらい。
挨拶を返すと後ろめたさで、つい俯き加減になってしまう。
火照そうになる頬を見られたくない――。
意識するなと言う方が難しい。
というのも勿論、何もかも今朝の夢の所為だ。
普通の夢なら良かった。愛を相手にあんないやらしい夢を見てしまうなんて。
彼女の声や姿を見ると、否が応にも脳裏に生々しくリフレインしてしまう――感じる顔、腕に抱かれて喘ぐ声……膣《なか》に射してと強請るスケベな愛の姿を。
うッ、マズい――股間が……。
「どったの真吾」
俯いていると不信に感じたのか、宏文が不思議そうに声を掛けてきた。
「い――いや……何でもない」
「ああ、結城さんと話せたから緊張してんの?」
「え?あ……ああ。うん、まあね……」
別の方向に曲解してくれた宏文に、真吾は内心ホッとした。
どうしたのと尋ねられても、とても答えられる内容じゃない……。
「可愛いよなぁ、結城さん」
そう言う宏文の鼻の下も、相当に伸びていた。
ははーんと真吾は思った。
イベントが始まって次の日に進み具合なんて聞いてくるからおかしいと思った。
「あ、ヒロおまえ……また僕をダシに使ったね?」
「ふふん、バレた~?」
こうやって真吾の所に宏文が来る理由の一つに、隣の席の愛の存在がある。愛と席が隣になった2学期からは特に、真吾の席に来る事が多くなったような。
要するに宏文も同じ穴の狢なのだ。
宏文も愛が気になっている……宏文がどこまで本気で愛を好きなのかは聞いた事はない。恋愛の対象として本当に近づきたいのか、真吾のようにただ憧れのまま思っているだけで満足なのか……。
「まぁいいけど……あ、先生来たみたいだよ」
「ホントだ。戻るわ」
爽やかに手を上げて、自席へ戻って行く宏文。
他のクラスメイトたちも慌てた様子で皆、自席へと戻っていった。
その時に偶然、彩夏と目が合った。
彩夏はどギツイ目で一瞬だけ睨んだ。しかしすぐにツンとした様子で、フイと目を逸らす。その様子に真吾は何だよ……と、口を僅かに尖らせた。
怒ってるように見えるけど、気にはされているという事なのか……?
彩夏の後姿にぼんやりと思いながら、教壇に立つ理沙に真吾は視線を戻した。理沙の隣りに見慣れない女子が立っている――転校生……?
背中まである燃えるような赤毛がかなり目を惹く。顔も結構な美人だった。
「転校生を紹介する。自己紹介して」
「ライラ・|C《クレア》・霧島《きりしま》デス。父が日本人で母がアメリカ人のハーフで、3ヶ月前までアメリカに住んでマシタ。日本語は習ってマシタが、まだ不慣れデース。ヨロシクお願いしマース」
自己紹介を終えたライラは、片言と不釣合いな綺麗な笑みを浮かべるとペコリとお辞儀した。クラスの男子共は色めき立ったが、女子の半数はライラが美人だからか面白く無さそうな顔をしている。
真吾は変なのが来たなァという感想と、女子の転校生という部分で気が重たかった。堕児の餌食になられて困るのは真吾だからである。
「席は……ああ、佐川の隣りが空いてるな」
という理沙の言葉に、佐川大樹《さがわたいき》はガッツポーズをする。佐川以外の男子たちはガックリ肩を落とし、真吾はそりゃそうだろうなぁと思った。
佐川は何せ女子にモテモテのイケメンで手も早い。噂でしかないが、彼女を結構とっかえひっかえしてるという話は学内でも割りと有名だ。
そんな佐川の隣りに美人が来たのだから、佐川がライラに手を出さない理由がない。クラスの男子共ががっかりするのは当然だった。
「…………?」
ライラと目が合ったような……?
席に着く前にこちらを一瞬、見たような気がした。だが周囲の男子が目が合ったと色めき立ったのを見て、真吾は気の所為だなと思い直した。
席に着いたライラに、早速アタックを開始した佐川をクラスの男子たちが嫉妬の目で睨んでいる。
隣の席の愛を不図見ると、愛は少し怖い顔をしていた。
流石の真吾も驚く――自分と双璧を為しそうな美少女の出現で、愛も面白くない思いを懐いているのだろうか。意外な愛の一面に、見てはいけないものを見てしまったような気がする真吾だった。
■ ライラ・クレア・霧島(きりしま)
真吾のクラスにやってきたアメリカからのハーフの転入生。
美人でスタイルも良く、燃えるような赤毛が特徴的。
身長は167センチ。スリーサイズはB88W57H85
■ 香椎宏文(かしいひろふみ)
クラスで一番仲が良い真吾の友達(文中にもあるように、他に仲の良いクラスメイト男子がいないので一番なのは当たり前ですが)
フツメン寄りですが、明るくひょうきんで懐こいので性格的な人気者タイプ。
顔のイメージは、オー・マイ・ビ●ナスに出演してるヘ●リー。
■ 佐川大樹(さがわたいき)
真吾のクラスメイト。
女子から非常に人気が高いイケメン男子。ただ軽いので、色々な女の子に手を出してるという噂があります。クラスの女子は噂が立つのを気にしてか、手は出さないようにしてるらしい。
顔のイメージは韓国版、花より●子に出演してるイ・ミ●ホ。
◇
小説家になろう・ノクターンノベルズでも連載中です◇
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2018/07/25 00:00 |
竜を継ぐ者~黄の刻印の章(世界はエッチと愛で救われる)
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