気がつくと、目の前の情景が唐突に変わった。
見渡す限りの、白い光の洪水だった。それを真吾は、眩しそうに目を一瞬だけ細めながら眺めた。次第に目が慣れてきたのか、開けていられないという程でもなくなってくる。
「おまえは、光を見たはずだ」
そして唐突に、今度は声が頭に響いてきた。声のような、思念のような……そんなものが唐突に、意識に流れ込むようにして聞こえてくる。
光の次は妙な声かよ。
真吾はボヤこうとして、声が出ないことに気がついた。どうして声が出せないのか焦っているのに、声の方はお構いなしだ。
「今日おまえは、白い光を見ただろう」
――と。
その声には何となく聞き覚えがあるような気がしたが、思い出せない。喉まで出掛かっているのに出ないような、もどかしさだった。
「女の身体に白い光を、おまえは見たはずだ」
白い光……白い光ねェ。
悶々としながらも、白い光について真吾は考えた。渡辺彩夏の下腹部を包んでいた光を言っているのだろうが、説明してくれるとでも言うのだろうか。
声は、真吾の思考を肯定するように続けた。
「あの光はおまえが第一の覚醒に至った証。刻印覚醒が起動した合図のようなもの。おまえは女を犯した後に奇妙な生物を見つけたはずだ」
答えてくれるのは有り難いが、犯したとか言うなよ。
真吾としては、和姦のつもりでいた。拒めない雰囲気に持ち込んで、確かに強引に同意を捥ぎ取ったかもしれないけど。
それにしても、覚醒っていったい何の事なのだろう。
真吾は漂いながら、耳を傾ける。声が出ないのだから、大人しく聞いているしかない。声がこちらの思惑を読んで、答えてくれるのを待つしか無かった。
「あの光はおまえの精が、あの生物に取り込まれた為に引き起されたものだ。在れは混沌から生じた陰より生まれた魔物。その幼生で、名を堕児《おとしご》と云う」
取り込まれたとは、それは食べる――食事という意味で良いのか。精液が餌とは……何だか、ファンタジーもののエロゲのようだ。
「在れは生命力《エナジー》を糧とする。精を啜るのは、生命力を宿主の外より得る為だ」
矢張り食事という意味かと、真吾は眉を顰めた。
宿主の生命力を直に取り込むと、命の危険の可能性があるのかもしれない。宿主を殺ししてしまわないように、男の精液からエナジーを取り込むのは、安全に成長する為なのかも。
まさかとは思うが、彩夏が酷く発情していた事も関係あるのだろうか……思えば人が変わったようにエロエロだった彩夏。あれは最早、別人だ。餌を効率良く得る為の効果だと考えれば、在り得るのではないだろうか――。
「陰の気の濃い混沌である在れは、陽の気を極端に嫌う。女が自我を取り戻したのは、おまえが飲ませた精の効果だ――」
彩夏が唐突に自我を取り戻した背景には、このような事情があったのか。
声は、彩夏が正気を戻した理由は、真吾の精液が堕児の気を、強い陽の気で浄化した為だと語った。偶然の精飲が、身体に巣食う堕児の気を浄化したっていう事だろう。
堕児にとって真吾の精液が弱点だとも、声は語った。
「精はおまえのものでなければ意味がない。堕児が堕胎――死んだのも、おまえの精の働きによるもの」
は…………!?
真吾は呆気に取られた。
彩夏の中にいた堕児が死んだ理由。それは自分の精子によるものだという事は、真吾にも理解できた。だが、問題はそこじゃない。
流れ込む意識の伝えている事は、まるで自分の精液でしかアレは殺せないと断言しているように聞こえるのだ。同じような気を有している雄であれば、堕胎……とかいうのは、何も自分で無くともできるのでは無いのかと、真吾は思ったのだ。
しかし続く声の言葉は、真吾の思いを裏切るものだった。
「おまえには堕児に憑かれた女を知覚する力も備わっている。おまえの満ちていない力では腹に触れる必要があろうが、その女が犯すべき相手かどうかを知るには十分なはずだ」
犯すべき相手かどうかって、何を言っているんだ。こいつは……。
それじゃあ、まるで……。
真吾が苦悩している間にも、声は淡々と先を続けた。
「堕児の巣食う肉体の判別と、精で堕児を堕胎させる力――これが第一の覚醒で得られる刻印覚醒だ。おまえはその力で以って、堕児に憑かれた女を助けなければならない」
助けねばならない――何故、義務のような物言いをするのか。あの生物を殺す事そのものが、まるで定められた使命だとでも言っているように真吾には聞こえる。
精液で殺せるのなら、誰のものでも良いじゃないかと、真吾は煩悶する。その力が自分の肉体にあるらしい事は理解できる。だがそんな事は、やりたい奴がやれば良い事だ。
「良いか忘れるな。おまえ以外の精は堕児のただの糧……刻印を持つおまえ以外に堕児は堕胎できないし、誰も代わる事はできない掛替えのない稀有の力だ」
勝手な事を言うなよ。本当に僕しかいないって言うのか……!
重たい意識の中で強くそう思った時、真吾の意識は薄れ始めた。
何を言っているのか聞き取れない声は、まるで傷のあるテープをレコーダーで再生させているように飛び飛びに聞こえた。
「おまえは刻印を……承……る……。おま……だけが……児に蝕ま……た肉体を浄化でき…………を持っている。女たち……救えるの……おまえだけ――」
待て、まだ知りたい事があるのに……!
真吾は目の前に手を伸ばす。縋るように伸ばされた指先も、暗くなる視界に邪魔されて見えなくなっていった。
聞きたい事はまだあるのに、意識がどんどん擦れていく。
どうして自分にそんな力が、どうして自分だけにそんな力があるのか知りたい。結局、刻印覚醒って何なんだ。刻印って何だよ。
もし、あの魔物を放って置いたら――?
そして、そのまま意識は深淵に沈んでいった。
◇
チュンチュンという鳥の囀りが、朝の訪れを耳に届ける。
瞼を開くと、ぼんやりと見慣れた天井が目に映った。
気だるげに首を回しながら、真吾は周囲の様子を見る。
あ……あれ?
「僕の部屋……?」
パソコンを置いた勉強机、その隣にテレビ台と本棚……全体的にモノトーンで纏められた、見慣れた自分の部屋だ。
――ってことは朝か……?
起抜けで頭がボーっとする。
今まで何を見ていたのか、思考力の低下したままの頭で真吾は考えた。
何か変な夢を見ていたような……。
「…………堕児……か」
そうだ……夢を見てたんだ。昨日の妙な出来事に符合するような……。
自分が刻印覚醒とかいう能力者で、精液で昨日見たあの生物……堕児は、堕胎――死ぬと。女性の腹の中の堕児を知覚できるだとか、精液で邪気を祓えるだとか……そんな事も、言っていた。
最後に告げられた言葉は良く聞き取れなかったが、確かに言っていた「女たちを救えるのはおまえだけ」だと。
昨日の事がなければ、ただの変な夢だと一笑に伏して、真吾も終えていた。
しかしこうも見事に昨日の出来事と夢の内容がハマリ過ぎていると、思い込みだけで夢を見たのだと無視もできない……全てが事実なのか、それとも虚実ない交ぜなのか、見たものが夢では流石に判断に迷う。
だがその内容を鵜呑みにするのなら、あの夢は……。
「僕にどうしろって言うんだ。僕は普通の高校生だよ……」
女性をレ●プしてでも助けろって……!?
真吾は寝癖のある髪を、苛立ちも露に両手でワシャワシャした。
どうして自分なのだろう、レ●プなんて望んでないのに。
「はぁ…………」
真吾は深い溜息をついた。
いや、でも……どうなんだ。レ●プではなく、犯す――だったら……?
全く望んでないと、言い切れるだろうか――と考えると自信が無くなってくる。
暴れる女の子を無理矢理に押さえつけて――というのは流石に抵抗を感じるが、昨日の彩夏はどうだ。強引に抱いた事に変わりはないが、レ●プとも違っていた。
例えば彩夏の時のように、誘導して犯す行為に抵抗は無い気がする。
「ああ……でもなァ……ああ~……面倒臭ェなぁ、もう……!」
頭をグシャグシャと掻き毟りながら、真吾は煩悶した。
考えるのが嫌だ。
何で朝からレ●プ云々で悩まなくてはいけないのか。高校生のする悩みじゃないだろ、コレ……。
「うわ、冷た!」
ベッドから起き上がると、腹にヒヤリと冷たいものを感じる。
パジャマのズボンのゴムを持ち上げて見て、真吾は閉口した。ボクサーパンツの前部分に大きなシミが広がっているではないか……!
真吾は深~く、溜息をついた。
これは俗に言う、夢精というやつだ。何か変な夢でも見たかな……。
そういえばと、黙想に耽りながら目を瞑る。堕児だ何だという夢の前に、他にも夢を見ていたような気がする。脳裏に三角の黒子がサッと浮かぶと、ぼんやりと思い出されてきた。
あれ、何かヤバい夢を見たような気がする……。
「黒子の女子と確か……あ――――!!」
事細かにではないが、そこそこはっきりと真吾は思い出した。
身体を自由に使われるくらいなら犯した方がマシだ――と、自我のない愛を犯しちゃったんだっけ……夢の中でだけど。しかし犯すのに抵抗を感じた癖に、躊躇もなく|膣《なか》出しとか……何て最低な奴だろうか。
しかも三角形の三ツ星黒子って考えてみると、彩夏の太腿ではないのか。身体は彩夏の顔は愛って、どういう組み合わせ……。
考え込んでいると、何となくわかった気がした。
知ってる女性の生身の身体が彩夏しかいないから、身体だけ彩夏の愛が夢に出てきたという事ではないだろうか。最低かよ……自分の夢ながら呆れた。
「取り合えず下着を替えないと……」
時計を見ると、起床の予定時刻よりも30分ほど早かった。
気色が悪いし、どうせなら朝シャワーで身体も頭もさっぱりしよう。
下着と制服を手に取り、風呂のある一階へと真吾は向かった。
◇
脱衣所のドアを開けたらそこには、妹の|滝川美里《たきがわみさと》が立っていた。
洗面台の前で頭からバスタオルを被って、全身素っ裸。
胸はタオルで辛うじて隠れているが、下の方は――小さな尻が丸見えだ。
髪を拭いているのか、タオルでサイドの部分をゴシゴシと擦っていた。
「エッ……お兄《にい》!?」
こちらを茫然と見ている美里。
妹の裸体を見るのは、美里が小学校3年生の時が最後だが――流石に中学2年ともなれば全体的に丸みを帯びて、女性的な体つきになっていた。
女の子って変われば変わるものだなぁなんて、思わず繁々と見てしまったのがマズかった。
美里の可愛い顔がみるみるうちに赤く染まっていき――。
バチーン!
美里の平手が真吾の頬に飛んできた。
眦を釣り上げ睨みつける美里は、少し涙目だった。
「いつまで見てるのよ!」
「ご……ごめん!」
真吾は廊下にすぐさま飛び出して、ドアを閉める。
兄妹なんだからそこまで気にしなくてもいいじゃないか。ビンタする程の事か!?
打たれた頬を押えながら、ドアに寄り掛かる。
真吾は、何て朝だ……と、思った。
■ 滝川美里(たきがわみさと)
真吾の妹で中学2年生。バトミントン部に所属してます。
明るく活発で、結構世話焼き。
幼馴染も同じくしていて、昔から三人で良く遊んでいたのでかなりお兄ちゃん子。
顔は父親の方に似ています。
身長は153センチ。スリーサイズはB83 W56 H84。
◇
小説家になろう・ノクターンノベルズでも連載中です◇
◆◇ 関連リンク ◇◆竜を継ぐ者~黄の刻印の章(世界はエッチと愛で救われる)第一話へヒミツのカンケイ第一話へ『 M 』第一話へお兄ちゃんと私 第一話へ
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2018/07/23 00:00 |
竜を継ぐ者~黄の刻印の章(世界はエッチと愛で救われる)
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